変わり続ける街・京都で見つけた自分の成長
龍谷大学 経営学研究科
肖 書琦 ショウ ショキ (中国 出身)
※2026年取材
留学先をどのようにして選びましたか?京都を選んだ理由も合わせて教えてください。
実は、私は留学してすぐに京都に来たわけではありません。
関西弁への不安や、東京の方がより国際的であるなどの様々な理由から、留学当初は両親が私のために東京にある日本語学校を選んでくれたのです。ただ、私自身は日本へ来る前から「必ず京都に行きたい」という強い思いを抱いていました。もしこのご縁がどこから始まったのかをあえて言葉にするならば、それは間違いなく「心残り」という言葉に尽きると思います。
日本への留学を決める前に、私は家族と共にまず日本へ旅行に来ました。七泊六日の旅は決して長くはありませんでしたが、関西から関東へ、南から北へと多くの都市を巡ることができました。その中で私が最も楽しみにしていたのは京都です。
私は中学生の頃から『名探偵コナン』というアニメが大好きで、さまざまな事件の推理を楽しみ、新一と蘭の幼なじみとしての恋の進展にいつも一緒に心をときめかせていました。中でも特に好きなのは劇場版『迷宮の十字路』で、この物語は京都を舞台に繰り広げられます。私は早々に京都に関するあらゆる情報を調べ、「いつの日か清水の舞台に立ち、下を見下ろして、自分も何かのために『清水の舞台から飛び降りる覚悟』がもてるだろうか」と想像しながら、その日を心待ちにしていました。
しかし、残念ながらツアー旅行だったため、京都に滞在できたのはわずか三時間。清水寺は修繕中で見学すらできませんでした。三年坂の石畳を歩きながら、振り返って遠くにそびえる朱色の塔の先を眺め、必ずいつかまたここに来ようと心に誓いました。その時は、桜が満開か、もみじが舞い散る季節。私は清水の舞台の欄干のそばに立ち、次元を超えた一枚の写真を撮るのだ、と。
その「心残り」がようやく報われたのは、日本に留学して二年目のことでした。一年にわたる進学のための試験と面接の繰り返しに苦しみながらも、ついに私は京都へ来るための切符を手にしたのです。龍谷大学に合格した後、私は迷うことなく京都への引っ越し準備を始めました。
こうして、1月に物件を見学し、2月に契約、3月に引っ越し、4月、私は清水寺で四年越しの桜を眺めました――
こうして、あの「心残り」は最高の形の「円満」にて解決したのです。


現在何について学んでいますか?卒業の方は、これまでどんな勉強をしてきましたか?
現在は龍谷大学経営学部で、イノベーションを生み出す人材育成をテーマに学んでいます。
ゼミでは、社会人基礎力や非認知能力、感情知能(EQ)に注目し、チームでの企画活動や管理者体験演習を通して、モチベーション管理や人材育成の仕組みを実践的に学んできました。
学部論文では「AI時代における社会人基礎力の育成」をテーマに、AIの発展や日本社会の課題を背景として、大学生がどのように社会で活躍できる力を身につけるべきかを考察しました。
大学では専門分野だけでなく、心理学や社会課題に関する授業にも積極的に取り組み、留学生として言語の壁を乗り越えながら学びを深めています。

留学前、京都に対してどのような印象をもっていましたか?
留学する前の私にとって、京都はどちらかと言えば、どこか幻想の中にある街のような、平面の二次元の世界でした。知識としては、京都が「日本伝統文化の象徴」であり、歴史を感じさせる静かで上品な街だということは分かっていました。寺院、神社、着物、四季折々の風景——優雅で、東洋的な奥ゆかしいロマンスをまとっている。そんな京都に、私は憧れてやまなかったのです。



実際に留学して、京都の印象はどう変わりましたか?
実際に京都で生活してみて、私は京都の中にある「小さな反逆」に気づくようになりました。
多くの人が京都を「歴史と伝統の街」として思い描く一方で、実際の京都は、静かに、しかし確実に変化し続けている都市でもあります。
数えきれないほどの寺院や古い街並みの中に、京都駅のような現代的な建築が堂々と存在している光景は、最初に目にしたとき、大きな違和感と同時に強い魅力を感じさせました。
古都の景色の中に突然現れる鋼鉄とガラスの構造物は、過去と未来がぶつかり合う場所のようにも見え、私にとって京都という街が「変わらない存在」ではなく、「変わり続ける存在」であることを象徴しているように思えました。
また、京都は単なる「歴史の街」ではなく、「学生の街」であり、「生活の街」でもあります。
高齢の方が多い落ち着いた空気の中に、全国や世界各地から集まる大学生や留学生の姿があり、その対比がこの街に独特のリズムを生み出しています。
大学が点在し、日常生活も不便を感じることは少なく、少し足を伸ばせば大阪や奈良、宇治といった街にも行ける距離感は、学びと生活の両立を支えてくれています。
実際に暮らす中で、私の中の京都のイメージは、「伝統の象徴」から、「伝統を抱えながら静かに進化し続ける、生きた都市」へと変わりました。
その変化を日常の風景として見届けられることこそが、留学生として京都に住むことの特別な体験だと感じています。




留学前、不安だったことはありましたか?どのような不安か詳しく教えてください。
留学前、私が最も不安に感じていたのは、「この国で友だちができるのだろうか」ということでした。
言葉も文化も違う場所で、自分の居場所を見つけられるのか。教室の片隅で一人になってしまうのではないか。そんな想像をするたびに、胸の奥に小さな不安が積み重なっていきました。
しかし、実際に大学生活が始まってみると、その不安は少しずつほどけていきました。
クラスメートは思っていた以上に温かく、拙い日本語にも耳を傾けてくれました。うまく言葉にできず、途中で詰まってしまうことがあっても、最後まで待ってくれる人がいました。
気づけば、私の周りには一緒に笑い合える友人ができていました。
中国の料理を振る舞い、慣れない味に戸惑う表情を見ては一緒に笑い、今度は私が彼らの勧める日本の味に挑戦する。さらに、日本で出会った友人たちと、中国の大連や北京を一緒に旅する機会にも恵まれました。国境を越えて、同じ風景を眺め、同じ食卓を囲む時間は、「友だちになる」ということの意味を、静かに教えてくれました。
留学前に抱いていた不安は、今では「人とつながることの尊さ」を知るための入り口だったのだと感じています。

京都に来てよかったこと、感激したことは何ですか?
京都に来てよかったと心から思う理由の一つは、ここで出会えた「人」の存在です。
留学生として不安を抱えながら始まった大学生活の中で、私を支えてくれたのは、いつも周囲の人たちでした。
担当の教授は、私の挑戦を後押しし、奨学金の申請のサポートもして頂き、時には厳しく、時には温かく励ましてくれました。その先生のもとで学ぶ日々は決して楽ではありませんでしたが、この四年間で、自分でも驚くほど多くのことを身につけることができたと感じています。
また、もう一人、生活面で大きな支えとなってくれた中国出身の先生がいます。担当教員ではありませんが、異国で生活する上での心構えや、人との向き合い方、留学生活を続けていくための「生きる知恵」を、日常の中で静かに教えてくれました。
そして何より、共に過ごした友人たちの存在が、私の京都での日々を支えてくれました。
留学生の仲間も、日本人のクラスメートも、一緒に笑い、悩み、時には励まし合いながら過ごした時間は、私にとってかけがえのないものです。
京都という街で、こんなにも温かな人間関係に出会えたことに、今でも深い感謝の気持ちを抱いています。
ふとした瞬間に、こう思うことがあります。「京都でみんなに出会えて、本当に良かった」と。
それだけで、「この街に来た私の選択は間違えなく正しかった」と心からそう思えるのです。

留学中に苦労したことはありましたか?
留学中に感じた難しさの一つは、日本の文化に根づく「曖昧さ」と「配慮」の感覚に慣れることでした。
それは決して悪い意味ではなく、人を思いやる優しさから生まれる態度だと、今では感じています。ただ、はっきり意見を伝えることに慣れていた私にとっては、その距離感をつかむまでに時間がかかりました。
印象に残っているのは、大学のプログラムで日本人学生と一緒に中国を訪れたときのことです。
現地でのスケジュールを決めるために、「行きたい場所はありますか」と皆に尋ねたところ、ほとんどの人が自分の希望をはっきりと言いませんでした。その沈黙の中で、私は「きっと皆が、他の人の気持ちを気にしているのだろう」と感じました。
それ以来、日本人の友人と関わるときには、まず相手の考えを待ち、場の空気を感じ取った上で、自分の意見を伝えるよう心がけるようになりました。
留学生活の中でぶつかったこの小さな戸惑いは、私にとって「文化の違いを理解する」ということの難しさと同時に、その奥にある思いやりの大切さを学ぶきっかけになったと感じています。
京都で勉強する魅力は何だと思いますか?
私が感じる京都で勉強する魅力は、「静かさ」「自由さ」「成長」という三つの言葉に集約されます。
京都の「静かさ」は、ただ音が少ないという意味ではありません。
観光地としての賑わいのすぐそばに、ふっと心を落ち着かせられる場所があり、考え事をしたり、自分自身と向き合ったりする余白が、この街には残されています。そうした静けさは、学ぶことに集中するための土台となり、忙しい日常の中で自分の思考を取り戻す時間を与えてくれます。
そして京都の「自由さ」は、多様な価値観が自然に共存している点にあると感じます。
伝統を大切にする空気の中で、学生たちはそれぞれのやり方で学び、考え、挑戦しています。誰かの「正解」に合わせるのではなく、自分なりのペースや関心を尊重しながら学べる空間が、ここにはあります。
最後に「成長」です。
異なる文化の中で生活し、学び、時には戸惑いながらも自分なりの居場所を探していく過程そのものが、私にとっての成長でした。京都という街は、何かを急かすように背中を押すのではなく、静かに見守りながら、人が変わっていくのを許してくれる場所だと感じています。
この街で過ごした時間そのものが、私の学びであり、成長の記録でもあります。
留学経験を将来どのように活かしていきたいですか?
留学経験を通して、私が最も大切にしたいと思うようになったのは、「自分の目で確かめること」と、「先入観にとらわれずに物事を判断すること」です。
来日前の私は、ニュースやSNSを通して世界を知ったつもりになっていました。しかし実際に異なる文化の中で生活してみると、そこにある現実は、画面越しに見ていたものとは大きく異なっていることに気づかされました。
人や社会、国について語られるイメージは、ときに単純化され、誤解を含んで伝えられることがあります。
留学生活の中で、私は一つひとつの出会いや経験を通して、「誰かの言葉」ではなく「自分の体験」を判断の軸に置くことの大切さを学びました。
将来どのような仕事に就くとしても、私はこの姿勢を持ち続けたいと思っています。
現場に足を運び、自分の目で見て、耳で聞き、感じたことをもとに考えること。
その積み重ねによって、国や文化の違いを越えて、人や社会をより立体的に理解できる人間でありたいと考えています。
卒業後の夢を教えてください。
卒業後は、日本企業で国際関連業務に携わる仕事に就きたいと考えています。
日本での留学生活を通じて、異なる文化をつなぐことの大切さを実感しました。学業やボランティア活動、さまざまな国からの人々との交流の中で、私は「人と人をつなぐ」ことの価値を見出すようになりました。
将来は、日本と世界を結ぶ架け橋となる人材として、異文化をつなぐ協力や相互理解の促進に貢献していきたいと思っています。
最後に…京都留学を検討している方にメッセージをお願いします。
にぎやかな場所が好きな人もいれば、静かな場所を好む人もいます。
住む場所や学ぶ場所の選び方も、それと同じだと思います。
もし、まだはっきりとした留学の目標が見つかっていないのであれば、一度京都という街を体験してみてほしいです。
あなたにとって京都が「合う場所」かどうかは、正直に言えば、私には断言できません。
けれども、京都はきっと、立ち止まって考えるための静かな時間と空間を与えてくれる場所です。
日々の生活の中で、自分が何を大切にしたいのか、これからどんな方向へ進みたいのかを、ゆっくりと見つめ直す余白があります。
京都で過ごす時間は、すぐに答えを与えてくれるわけではありません。
しかし、その静かな時間の中で積み重ねた思考や迷いは、やがてあなたが次の一歩を踏み出すための「跳び板」になってくれるはずです。
ここは、成長のための準備ができる場所だと、私は感じています。





